4.6 仕事と性差
https://gyazo.com/68191fb0ef6228bb11f91bad178bccdb
進化心理学の視点から性差の問題に取り組み、そして男女間の違いを就業立法の理論研究に応用した学者の一人 研究上の関心
就業における男女差別における立法に関すること
男性と女性の進化的違いが持つ法学的意味
男女平等の意味やその立法における現れ
1990年代ごろからは、進化心理学を立法における男女平等のテーマに応用
彼は、男女の間には気質と認知的能力に違いがあるため、職場において不平等な現象が生じていると考えている 例えば、女性の昇進を阻害する「ガラスの天井」効果に関する研究からは、女性が差別されるような社会的障壁は見つからなかった そのため、問題の根源は社会的構造ではなく、男性と女性の気質と認知の進化生物学的差異にあると考えられる
その他にも、女性の職場での地位問題や職場におけるセクハラ問題などについて、進化的アプローチを用いて議論している
彼の一連の研究と理論的貢献は、立法、公共意思決定などの領域から注目され、欧米社会においてヒューマニズムの進歩の現れとして見られてきた性別平等の概念に対する再考を促す他、フェミニズムに対しても衝撃を与えている ブラウンの最近のテーマは、性別間の進化的差異をアメリカ軍構築と人員管理に応用することに集中している
2007年の著書では、男性と女性の生理的・心理的差異を議論し、それらの違いがいかに軍隊の戦闘能力に影響するかについて考察している
男性のみの軍隊と男女混合の軍隊が任務を遂行する際のパフォーマンスを比較した結果は、女性が戦闘に加わることは軍隊の実力を低めてしまうという結論に至るというものであった
本文
私は法科大学院を卒業した直後、生物学的な性差と法をテーマにした、最初の論文を1984年に公刊した(Browne, 1984)
進化心理学者によって収集された一連のデータや理論によってより強化された議論をもって、1995年に再びガラスの天井や報酬におけるジェンダー・ギャップに関する論文を公刊した(Browne, 1995) 職場における性差
SSSMの支持者が人間の本性の存在を信じないのであれば、男性性と女性性の存在については更に頑なに否定するだろう 現代の心理学は、性差に関して適切に包括的な記述を行い、そして進化心理学者はそれらに対して理論的な説明を与えた(Geary, 2009) ヒトの身体と同様、心も男女で同じではなく、性的二型を示す 身体的な二型と心理的な二型は無関係ではない
例えば、男性の体の大きさや強さは男性間の競争に由来する遺物だと考えられている
同様に男性間の競争は、男性の身体的攻撃性の高さやリスク希求傾向、地位上昇志向をもたらしたとも考えられている 男性の空間認知能力の高さや大規模な集団を形成する傾向も同様に、進化史において協力的な狩りや戦争のために長距離を移動してきたことに由来する遺産だと考えられている 女性も同様で、出産し、子供を育てることに関連した女性の身体の特徴は、女性の男性よりも世話好きで共感性の強い心理傾向と密接な関連がある こうした性的二型形質は、性ホルモンの働きと関連することが、豊富なデータによって示されている SSSMの観点は、社会科学だけでなく公共政策の分野でも長らく支配的な立場を保持していたが、職場で生じる性差の議論ではそれが顕著だった(Browne, 2002) 男性が起業の幹部になるのは女性が昇進に関する差別を受けているから
男性が女性より多く稼ぐのは女性が賃金差別を受けているから
女性がある職業では多数を占める一方で他の職業では少数となるのは、女性が採用に関して差別を受けているから
こうした現象はすべて、職場における女性の成功を妨げるような性差別主義的社会化を背景として生じる、と説明される
一方、進化心理学的な観点では、差別が職業上の違いの原因であるという見方を全否定するわけではないにせよ、先述した性差が平均的には男女で異なる能力や好みをもたらし、それらが男女は職場において異なる選択をするように動機づけられることに注目する
この観点に従えば、性差別を完全に解消したとしても、男女の結果は同じにはならないはず
ガラスの天井という言葉は、企業幹部に占める女性の割合が比較的低い理由を説明する比喩
女性がそれ以上昇進できない、不可視の壁
この比喩は、外部から女性に働きかけるいくつもの障壁が女性幹部の少なさの原因であると、それらの障壁が具体的に何なのかも不明なままに決めつけている
実際には、おなじみの性差によって、企業幹部における男女の不均衡の大部分を説明することができる
幹部たちは競争的であり、自己主張が強く、野心的で、昇進のためにリスクを取る人たち
出世に集中するために、家族を含めた生活の他の要素を二の次に考える
成功のチャンスは多くの場合、損失の可能性を伴うため、リスク回避型の人にとっては脅威に感じられ、出世に大きく影響する職場の選択に繋がる
例えば、企業利益に直接影響するライン職、すなわち工場長や部門責任者は、スタッフ職えある人事や広報よりも大きな職務上のリスクを伴う
幹部昇進にはしばしばライン職の経験が不可欠であるにも関わらず、様々な理由から女性はそれを避け、スタッフ職を望む傾向がある
企業における最も高い地位を獲得するためには、それにふさわしいパーソナリティ以上のものが要求される
そのためにはしばしば、長時間労働、出張、転勤といった形で何十年も仕事に身を捧げなくてはならない
女性は男性ほどそうしたことをしたいとは思わない
最高権力者になることが男性にとってほど女性には魅力的ではなく、また家庭生活を犠牲にすることがしばしば必要になるため
女性は社会性が強いために、新しい都市に移ることによって友人や親類とのつながりが絶たれることを望まない
結婚や出産も、男性と女性に異なる影響を与える
男女の行動はどちらも親の投資に含まれるが、異なる形式で表出される 女性は、結婚した後、また特に出産した後は、仕事に対する関わりを減らそうとする
一方、男性は増やそうとする
進化的な観点で見ると、哺乳類の母親にとって、我が子と離れて過ごすのが感情的に受け入れがたいというのは驚くにあたらない しかし、その抵抗感こそが、女性の幹部昇進を妨げる障壁の一つではないかと考えられる
報酬におけるジェンダー・ギャップ
報酬におけるジェンダー・ギャップという言葉は、女性の常勤労働者は男性の常勤労働者よりも賃金水準が低いという事実を指し示している アメリカでは$ .78
一般的に、男性は地位や財産を手に入れるために、仕事に没頭するが、女性は職場よりも家庭に自身の資源を注ぎ込む
男性の方が稼ぎが多いのは、主に彼らが仕事に多くの時間を費やし、リスクの高い職業に就き、快適ではない環境の仕事をこなし、職業に関連した教育や訓練を受け、長期離職をあまりしないため
労働市場も経済学における需要と供給の法則に支配されているので、より高いレベルの訓練が必要な職がより多く稼げるのと同様に、リスクが高く快適ではない職の方がより稼げる傾向にある
ガラスの天井と同様、賃金格差の大部分は婚姻関係や家族の状態と関わっている
アメリカにおいて、独身女性は独身男性とおおよそ同程度の賃金を得ているが、結婚して子供を生んだ女性は結婚した男性の約60%の賃金しか得ていない
報酬に影響する妥当な要因の効果を統制すると、格差の大部分は消失するし、そうした要因の多くは進化的起源を持つ性差に関連するもの
職業分離――従事する仕事における性差
アメリカでは性差別を禁じる法律が半世紀にわたって施行されてきたにも関わらず、男性と女性は多くの場合、異なる仕事に従事し続けている
例えば、銀行の窓口係、会社などでの受付係、正看護師、そして幼稚園教諭の90%以上が女性であり、電気技師、消防士、整備し、そして害虫駆除業者の90%以上が男性
女性はいまだに数学や物理、工学といった科学分野ではごく少数だが、医学における新規参入者の割合は男性とほぼ同じ割合に近づき、新奇の薬剤師の約3分の2と新規の獣医の4分の3は女性
ある種の職業に限って進展していると言えるこのパターンは、家父長制あるいは性差別主義的社会化が職業選択における性差の原因だと考えているSSSMでは容易に説明できない 家父長制が医師や弁護士といった高地位の職に女性を受け入れる一方で、整備士や害虫駆除業者といった職業からは女性を締め出す理由が説明されることはほとんどない
職業分布のパターンは、すべてとは言わずともその大部分が、進化史を通じて受け継がれた価値観、興味、そして能力における性差を反映しているものと考えれば、容易に理解することができる
男性は女性よりも空間課題において秀でており、また最高成績を比較した場合、男性の数学的能力、とりわけ抽象的思考を伴う推論能力は女性を上回る
こうした推論能力と空間把握の能力は、部分的に関連している
男性はまた、工学的な能力や興味において女性を凌いでおり、それらもまた空間能力と重なる
したがって、高度な空間的、数学的、工学的スキルを必要とする職業において男性が優勢になることは驚くことではない
さらに、男性のリスクを取る傾向は、身体的危険を伴う職業において男性が優勢となる原因にもなる
一般則として、仕事が身体的に危険であればあるほど、その仕事に従事する男性の割合が高くなるし、ある仕事において女性が占める割合が高いほど、その仕事が危険の大きい(あるいは負担の大きい)ものである可能性は低くなる(Kilbourne & England, 1996) 例えば、アメリカとイギリスにおいて、毎年就業中に死亡する人の90%を男性が占めている
一方で、女性は高い社会性や養育に対する志向性を持っているので、看護師や社会福祉などのケアの仕事で優勢となる
科学の分野では、女性は数的処理能力の要求が高くない代わりに社会的要素が強い分野において活躍する傾向がある
例えば、女性の物理学者よりも女性の生物学者の方がはるかに多いし、女性の心理測定学者よりも女性の児童心理学者の方がはるかに多い
戦闘での女性
いかなる時代においても、暴力的な集団間葛藤に戦闘員として参加するのは男性の責任だと、ほぼ通文化的にみなされてきた
カナダやノルウェー、オランダなどの国々では、女性の戦闘参加への制限がすべて撤廃されたが、女性の地上戦部隊志願者はごくわずかしか出てきていない
アメリカやイギリスなどの他の国では、以前は女人禁制だった戦闘を担う職務の多くを女性にも開放する一方で、攻撃的な地上戦に女性が参戦することを禁止し続けている(Browne, 2007) 地上戦部隊に女性を採用する動きは通常、事実に反する仮定に基づいている
過去において戦闘から女性が排除されてきた唯一の正当な理由は、女性が身体的強さで男性に劣るためだったというもの
軍における男女の統合の支持者は、戦争の性質は筋力の争いから知力の争いへと進化しており、戦闘において性別はもはや無意味だと主張している
統合の最大の障壁は、「男同士の絆」に女性が加わることへの男性の時代遅れの性差別主義的態度にあるとされる
しかし、その暗黙の前提である、身体的な違いを除けば男女は同質であるという考えは、間違いであることが明らかになった(そして、近年の武力紛争の経験から、身体的な能力はもはや戦闘と関連しないというのも間違いだということが示された)
戦闘任務では、民間の職場以上に男女の心理学的差異の影響が大きくなる
戦闘に関係する性差のある心理特性には、身体的攻撃性(相手を殺す意志の強さも含む)や、身体的リスクに進んで身を投じる傾向、恐怖の程度などがある 思いやりや共感といった女性らしい特徴も、戦闘員の成果に影響する
共感性が強いほど、殺しを躊躇するだけでなく、相手を殺すことの心理的コストが増大する
こうした特性のほとんどは、実際の戦闘の前に意味のある形で測定するのは難しく、どの新兵が将来戦場でよりよい戦果を挙げるかを予測することもまた困難
測定可能な個人の心理特性以上に重要なのは、たとえ、ある女性が強さ、勇気、身体的攻撃性といった有能な戦士の資質をすべて備えていたとしても、彼女はやはり女性であり、女性が所属しているという事実そのものが、部隊の能力に多くの影響を与えるということ
有能な戦闘部隊は凝集性が高いものだが、女性を採用することで、性的な競争や嫉妬、ひいき、フラストレーションが生じて凝集性が阻害されたり、女性を守ろうとする男性の傾向によって戦闘任務の遂行が妨げられたりする恐れがある 全員が男性の集団は、全員が女性あるいは男女混合の集団とは異なる機能を発揮する
男性も女性も、それぞれ自己組織化によって性別で分かれた集団を作り、その一員であることを心地よく感じる傾向がある 男性の人間関係は広く浅く、そして活動が中心となっているが、女性は狭く深く、そして感情が中心
男性は大規模な協力的集団を構築するための閾値が低く、集団の維持に低レベルの投資しか必要としない
一方、女性の人間関係は感情的に深く、葛藤によって破綻しやすい
女性は葛藤や対人的な侮辱に対して非常に敏感で、排他的な連合を形成したり、集団から成員を排除したりする傾向がある(Fisher, 1999) 男性の集団形成は、戦争や大型獣の狩りが目的であったため、無視や排除は男性の大規模な連合に対しては有害な効果があったのだろう
男性兵士の集団に女性が加わることによって生じる凝集性の低下は、部分的には、男性の女性の仲間に対する信頼の欠如に原因があるだろう
そして、その信頼の欠如には進化的な起源があると思われる
戦争や大物狩りにおいて他者を仲間として信頼するかどうかという意思決定は、進化的な時間軸において何度も繰り返されてきたことだろう 戦士や狩人は行動をともにするグループメンバーの失敗によって被害を受けるため、仲間の特徴に対して無関心ではいられない
したがって、強さや勇気、支配性といった、優れた戦士や狩人の指標が、配偶相手を探す女性にとって魅力的とされるのと同様、戦友を求める男性にも望まれる
配偶者以外の仲間の重要性を考えれば、配偶者の好みだけが自然淘汰を通じて進化したとは考えにくい
もし、男性が仲間への信頼を高める至近因的な要因が相手の男らしさにあるならば、男性兵士が女性兵士に対して抱く不信感を克服することは難しいだろう
したがって、女性戦闘員に対する男性の反感は、適切なリーダーシップや訓練によって克服できる障害というよりも、むしろ男女混成の軍隊に永遠についてまわる特徴なのかもしれない
結論
進化心理学は、公共政策に関わる多くの問題を分析する上で重要な道具となる
SSSMを内面化している人々と、現代の心理学が明らかにしてきた性差を認識している人々とでは、見方が大きく異なるだろう
進化心理学はまた、ある種の公共政策の成功の見込みに関しても洞察を与える
ヒトの本性は政策立案者にとって根本的に重要であり、それを無視すれば大きな危険を招くものだ